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KISEKI:の包丁

〜エンジニアたちの物語〜

恵介は、キャンプが好きだ。
断っておくが、ブームになるはるか前から好きだ。
何よりキャンプを充実させてくれるモノたちが大好きだ。
キャンプ場での彼は積極的に料理をするが、
包丁を手にするたびに思うことがあった。
よく切れる鋼(はがね)の包丁は、
錆びやすく、手入れに手間がかかる。
刃もちがよいステンレスの包丁は、切れ味に不満が残る。

関で126年に渡って工業用刃物をつくる会社の技術部長である彼の胸に、「よく切れる」「切れ味が続く」という、相反するふたつの理想を叶える包丁をこの手でつくりたいという思いが募っていった。どんな刃物でも作る自信があった彼にも、作ったことがないものがあった。それが、包丁だった。周りを見渡すと、技術もやる気もある仲間たちが揃っていることに気づく。
挑戦するなら、いまだ。そう思った。

職人の手で作られた鋼の和包丁には、刀にも通じる「刃物」の魅力がある。採寸も計測もせず、体で覚えた研ぎ澄まされた感覚から生み出されるそれは、容姿も切れ味も芸術である。だが、彼がつくりたい「よく切れる」「切れ味が続く」包丁が、伝統やこれまでの常識でつくれないことはわかっていた。

ある日、夢の、いや、ある意味では悪夢の金属が彼の元に現れた。
「超硬合金」
その硬さは比類のない切れ味をもたらす一方で、加工がとても難しく、職人による伝統的な製法では包丁に仕上げることが難しい。超硬合金とはこれまでも向き合ってきたが、工業用刃物の会社には包丁にする発想がなかった。エンジニアにとって、新しい挑戦は、仕事のエンジンだ。刃渡り5mを越す「大きい刃物」を得意とする恵介たちの、わずか十数センチの包丁づくりの挑戦が始まった。

日本刀同様に種類の異なる金属をろう付けする際に生じる「歪取(ゆがみとり)」はいまだに人の手でしか行えない工程だが、その技術を継承するエンジニアたちがいることも福田刃物工業の財産だ。年間1万件に及ぶ全てオーダーメイドとなる依頼には、必ず一つひとつに課題があり、克服するための創意工夫を重ね、人を育ててきた。超硬合金の包丁づくりと向き合えるのは、126年間あらゆる刃物づくりを経験した自分たちしかいない。恵介は、そう信じて疑わなかった。

超硬合金は鉄の2倍近い質量があり、磁石はつかず、錆びにくいが、とても高価だ。縦50mm・横280mm・厚さ2mmの超硬合金の板は、高圧のプレス機で包丁の形に打ち抜くと割れてしまう。オリジナルの配合で粘りを持たせてもなお硬い超硬合金に刃つけをするには、CADデータで寸分の狂いもなく制御された機械で研磨する必要があるが、レーザーによる切り抜きでさえ求める精度に及ばないため、1000分の1mm単位の精度が出せるワイヤーカット(ワイヤー放電加工)で切り出すことにした。超硬合金を熱で変形変質させることなく一度に40枚を切り出せるのだが、実に10時間を要する。生産効率は、異常に悪い。しかし、理想の包丁づくりに挑戦する彼らには、当たり前の選択肢だった。

切り出された包丁の形をした超硬合金は、まだ刃物ではない。職人が長い修行の過程で失敗作の山を生むように、エンジニアが高価な超硬合金のゴミを100以上生み出した末に得られたデータを使って、一枚ずつ研磨機で両面を約30分かけて正確に研ぐことで「おいしく切れる」刃つけが施され、ようやく刃物になる。ユーザーに届けるすべての包丁が、同じ品質で仕上げられる。データを使ったマシン制御は、職人たちの手の感覚すら100分の1ミリの精度で何度でも再現できる。

超硬合金の刀身に、地元岐阜の広葉樹の柄をつけることは最初から決めていた。これがまた、新しい壁になってエンジニアたちの前に立ちはだかった。超硬合金はその硬さゆえに、穴をドリルで開けようとすると、微細な亀裂が生じて、そこから割れてしまう懸念がある。使う人の安全・安心を考えると、選択肢に入れることはできない。だが、穴が開けられないことは、ネジで刃と柄を直接固定できないことを意味する。ここでもまた、常識を覆す必要があった。長く使う包丁である。安易に接着剤だけで固定するのではなく、高精度に射出成形された樹脂モールドを独自に開発する道を選んだ。包丁全体のアクセントになっている柄の樹脂部分のデザインは、単なる飾りではない。全てに必然性があり、地元関と岐阜への思いが、この形、この色、この握り心地に集約されている。

試作を繰り返す中で、「よく切れる」ことと、もうひとつ気づいたことがあった。他社の包丁と比べると「おいしい」のだ。細胞を極力壊さずに切ることが、包丁の理想だとわかった瞬間だった。第三者機関で味覚センサー試験を行うと、確かにおいしさが違うというデータが出た。おいしく切れる包丁の先には、豊かな食文化が広がっている。素材そのもののおいしさを堪能できれば、味付けは最小限でいい。自然の恵みを味わうことで、人は感謝する。そんな風景が、惠介の心の中に広がった。
「包丁で、おいしさの革命をおこそう。」
彼らの挑戦の目標が決まった。

関の中心部から車で北へ30分。標高501mの誕生山に登ると、濃い緑に囲まれた平野を大きくうねる長良川と関の町が見える。豊かな水と良質な土・炭に恵まれているからこそ刀鍛冶たちが住みつき、関で刃物づくりは発展した。毎日眺める里山の四季。その奥に見えるアルプスの山々。少し足を伸ばせば、野遊びをする場所はいくらでもある。若い頃は何もない、出て行きたい、と思っていた恵介だが、いまはこの町の山、川、林、田圃、風、雪、人が仲間たちとのものづくりに静かに影響を与えていると感じる。常識を越える包丁をつくることで、関の刃物の素晴らしさをもう一度、世に問いたい。そう思うようになった。

その日、関の町にある創作和食の店に、恵介と仲間たちは集まっていた。試作した包丁を恐る恐る料理人に渡し、調理場の隅で所作を見守る。野菜たちに、刃先が吸い込まれるように入っていく。
「刻んだ玉ねぎを炒めても、角がきれいに残っている」
「大根が煮崩れしない」
「りんごの切り口が酸化で変色しない」
「キャベツの味が変わった」
恵介たちの包丁に驚嘆する料理人たちが、応援の輪に加わった。本気でおいしさと向き合うからこそ出てくる厳しい意見と、納得のいく評価。彼らの言葉が、エンジニアたちの背中を押してくれた。

2年間の挑戦の末に生まれた超硬合金包丁には、まだ名前がなかった。
KISEKI:
このアイデアが出たとき、関わっている全員の気持ちがひとつになった。
KISEKI それは、「奇跡」の包丁。
KISEKI それは、仲間たちとの挑戦の「軌跡」。
KISEKI それは、「輝関(輝け、関)」。
おいしくて、豊かな人生を、
関から世界に伝えていきたいという思いを込めた7文字。「=(イコール)」の意味をもつ「:(コロン)」は、ユーザーにとってKISEKI:がどんな存在になれているのか、常に問いかけ続けるエンジニアたちの覚悟だ。

KISEKI:の物語は、使う人、作る人、
包丁に関わるすべての人たちと、
これからも続いていく。

KISEKIブランドステートメント

わたしたちは、
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